So-net無料ブログ作成
アメリカ ブログトップ

パール・ハーバーとゴッド・ファーザー [アメリカ]

TheGodfatherII_01.JPG 

(写真は右から、マイク、テシオ、ソニー、フレド、トム)

 

前回のブログ記事で紹介したハワイの戦艦アリゾナ記念館のパンフレットの最後につぎの記述がある。

 

“The attack was a great, but not total, success. Although the U.S. Pacific Fleet was shattered, its aircraft carriers (not in port at the time of the attack) were still afloat and Pearl Harbor was surprisingly intact. The shipyards, fuel storage areas, and submarine base suffered no more than slight damage. More importantly, the American people, previously divided over the issue of U.S. involvement in World War II, rallied together with a total commitment to victory over Japan and her Axis partners.

「(日本の)攻撃は偉大な成功ではあったが、全面的なものではなかった。アメリカ太平洋艦隊は粉砕されたが、(攻撃時湾内にいなかった)空母は無事で、パール・ハーバーも驚くほど無傷だった。造船所、燃料貯蔵地、潜水艦基地もわずかな被害にとどまった。さらに重要なのは、第2次大戦への参戦をめぐって割れていたアメリカ人が、日本と枢軸国に対して勝利するために完全に一つにまとまったことだ。

 

これを読んで、映画「ゴッド・ファーザー II」の最後に出てくるある回想シーンを思い出した。194112月、ゴッド・ファーザーの誕生日に一家が自宅に集まっている。長兄ソニー(直情型の性格が災いして、敵対するマフィアに殺される)、次兄フレド(ひ弱な性格で、一家を裏切ったかどで、マイクの指示で殺される)、三兄マイク(父を継いで二代目のゴッド・ファーザーとなる)、一家の相談役トム、手下の一人テシオ(一家に忠誠を尽くすが、裏切りが発覚し、マイクの指示で殺される)らだ。

 

ソニー: What do you think of the nerve of those Japs? Bombing us on Pop’s birthday? (ジャップの連中の神経ってどうなってんだ? パパの誕生日に爆撃するなんて。)

テシオ: 30,000 enlisted this morning. (今朝、3万人が入隊した。)

ソニー: Bunch of saps…. Only saps risk their lives for strangers. (馬鹿がたくさん・・・他人のために自分の命を危険にさらすなんて馬鹿のすることだ。)

マイク: That’s Pop talking. (それは、パパのセリフだ。)

ソニー: You’re right, that’s Pop talking! (その通り、パパのセリフだ。)

マイク: They risk their lives for their country. (彼らは、国のために命を危険にさらしている。)

ソニー: Country isn’t your blood. (国は、お前の血なんかじゃないぜ。)

マイク: I don’t feel that way. (そうは思わない。)

ソニー: Then quit college and join the army! (だったら、大学なんかやめて軍に入ったらいいじゃないか!)

マイク: I did. I’ve enlisted in the Marines. (ああ、入ったよ。海軍にね。)

 

顔色一つ変えずにこう答えるアル・パチーノ演じるマイクが凄い。激情に駆られやすく、実際、それで命を失ってしまったソニー、それに対し、感情をコントロールし理性的に計算するマイク。しかし、パール・ハーバー攻撃に対する両者の反応は、一見したところ逆だ。ソニーは志願して命を危険にさらすなんて馬鹿だと言い、マイクはそうした考えを一蹴する。この「ねじれ」がとても興味深い。結局、マイクは、それが「宿命」だったのか、マフィアのボスの座を後継する。父親も本人も必ずしも望んでいなかったと思われるのだが、・・・。

TheGodfatherII_02.JPG 

 

ところで、「激情」(passion)と「理性」(reason)の関係を興味深く解き明かした経済学者にボブ・フランク(Robert H. Frank)がいる。彼のPassion within Reason(『理性の中にとどまる激情』、W. W. Norton & Company1988)については、いつか改めて紹介したい。

 


1941年12月7日、パール・ハーバー [アメリカ]

USS_Arizona01.jpg(パンフレットp. 1

 

1941128日(ハワイ時間は日本より19時間遅れで、127日)、日本海軍によるハワイの真珠湾(Pearl Harbor)攻撃があった。以前、学部の女子学生が、卒業旅行でハワイに行ってきたというので、「パール・ハーバーにも行った?」と聞いたら、「エッ? パール・ハーバーってどこですか?」と聞き返されてショックを受けたことがある。

 

私は、1993年から95年までの2年間、ハワイ、オアフ島にあるアメリカ連邦政府系の研究所に勤めていて、パール・ハーバーにも56回行った。1回目は、ハワイに行って間もない時期に一人で、2回目はその後まもなくやってきたアメリカ人の若い同僚と、あとは日本から来た訪問客を案内してだったと記憶している。

 

最初パール・ハーバーに行った時、アメリカ人の上司から、「(パール・ハーバー博物館の説明文は)わりと客観的に書いてあると思うよ」と言われたので、それをチェックしたいと思った。説明パネル自体は写真に撮らなかったが、説明パンフレットの内容は冒頭および以下に掲げるとおりで、私の記憶では両者はほぼ同じ内容だ。すなわち、日本がいわゆるABCD包囲網によって外交的、経済的に追い込まれる中、その打開策としてパール・ハーバーを急襲したこと、連合艦隊司令長官の山本五十六は反対だったが最終的には同意したこと、当初は日本側のめざましい成功に見えたが、結果的には必ずしもそうではなかったこと、などが淡々と記述されている。ハル・ノートをめぐる解釈や、フランクリン・ルーズベルト大統領がむしろ日本側の攻撃を挑発したとの「謀略説」など、面倒なことは書かれていないが、少なくとも日本側を声高に非難するという調子でもない。以下のファイルをクリックすると拡大して読めるので、興味のある方はご覧頂きたい。

 

USS_Arizona02.jpg(パンフレットp. 2

USS_Arizona03.jpg(パンフレットp. 3

USS_Arizona04.jpg(パンフレットp. 4

USS_Arizona05.jpg(パンフレットp. 5

USS_Arizona06.jpg(パンフレットp. 6

 

パール・ハーバーでは、まず陸地にある見学者センター(博物館を含む)を見学したあと、船に乗って、少し沖合にある沈没した戦艦アリゾナの上を跨いでかけられた記念館を訪れる。何回目に行った時のことか、記憶は不確かだが、船に乗っていた時、近くに座るアメリカ人父子の会話が聞こえた。子供は小学生と思しき男の子だったが、「お父さん、ボク知ってるよ。パール・ハーバーで襲撃されて死んだ父子がいて、お父さんの名前は○○、息子の名前は××だったんだよね」と言う。それに対し、父親は、「そうだよ。他にも兄弟で犠牲になった人もたくさんいて・・・」という会話だった。

 

私は、普通のアメリカ人が、パール・ハーバーで犠牲になった父子や兄弟の名前を知っているということ、そもそもそんなこと(とあえて言うが)に関心があること自体にエラく驚いた。今回、このブログ記事を書くために、パール・ハーバーで犠牲になった父子や兄弟の名前をネットで検索したところ、比較的容易にわかった。アメリカ内務省・国立公園課が出しているチラシ(↓)に詳しく載っているのだ。ちなみに、父の名前はThomas Augusta Free、息子の名前はWilliam Thomas Freeだ。彼らが戦艦アリゾナに乗船していた唯一の父子ペアで、ほかに38組、79人の兄弟が乗船していた。

 

USSArizona_Brothers-1.jpg

USSArizona_Brothers-2.jpg 

 

はたして、どれくらいの日本人がパール・ハーバーで犠牲になったアメリカ海軍の父子や兄弟の名前を知っているだろうか。さらに、フツーの(?)アメリカ人がそれを知っているということを知っているだろうか。私は以前このブログで、時間の経過は、確かに辛い体験を記憶の奥底に追いやってくれる。そうしないと日々生きていくことはできないからだ。しかし、辛い記憶は単に沈殿しているだけであって、消え去ってしまったわけではない。そして、それは一人の個人の中でのみならず、世代間でも引き継がれていくことがある。パールハーバーで、南京で、広島で、沖縄で・・・」と書いたことがある(「パスカル「パンセ」-時は全てを癒やすか?」、)。それは、このときの記憶があるからだ。

 

日本人だけで強がりを言っても始まらない。世の中、すべて相手があるのだ。本当の「強さ」とは、たぶんその先にあるものだ。

 


アメリカ ブログトップ