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ローマ、2010年夏(6) [イタリア]

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ローマ滞在の3日目はヴァチカンを訪ねたが、ヴァチカン博物館に入るために炎天下2時間の行列に並んだため、見学しながら体調の悪化を実感した。このため、この日は午後早めにまっすぐホテルに帰り、そのまま朝まで寝て過ごした。幸い翌日(4日目)は市内見学に出かけるほどには体調が回復したので、ヴァチカンにほど近いサンタンジェロ城に行った。テヴェレ川にかかるサンタンジェロ橋を渡った真っ正面にあり、内部は博物館になっている。ここのテラスからはヴァチカンもローマ市内もよく望むことができた。朝早かったせいもあり、ヴァチカン博物館のように混んでおらず、病み上がりの私には有り難かった。

 

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ヴァチカン、2010年夏(5) [イタリア]

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ヴァチカンの最終回であり、ヴァチカン博物館の展示品の写真をさらに掲載する。博物館の展示品は古い時代(古代や中世)のものが多いが、ダリなど20世紀の作品もいくつかあった。題材は大半が「聖書」やキリスト教に関するものであり、ヨーロッパを中心に、これまでいかに多くの芸術家たちがこのテーマを取り上げてきたか、その情念の堆積に圧倒される思いだった。

 

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ヴァチカン、2010年夏(4) [イタリア]

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ヴァチカン博物館の展示品の続きである。内部は混んでいたが、身動きがとれないというほどではなかった。ただし、システィーナ礼拝堂は別だ。ここは立錐の余地がないほど混んでおり、撮影も禁止だった。有名なミケランジェロの「最後の審判」や天井画も見たが、どこまで十分に見たかは自信がない。むしろゆっくり見ることができたのは、ラファエロの間の「アテネの学堂」だ。正面の2人(プラトンとアリストテレスとされる)に注目が行きがちだが、絵の左右に子供に物理や幾何を教える大人が描かれているのは、現物を見るまで気づかなかった。

 

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ヴァチカン、2010年夏(3) [イタリア]

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サン・ピエトロ大聖堂を見終わり、ヴァチカン博物館に向かった。ところが、先頭が見えないくらいの長蛇の列で驚いた。上の写真(時刻は朝の10時過ぎ)がその行列だ。写真の右端が先頭方向だが、そこから左折し、行列はさらに続いている。しかもなかなか進まない。そう言えば、朝8時過ぎにここを通り過ぎたときもかなりの行列だった。どうやら、多くの観光客にとってお目当てはヴァチカン博物館であり、サン・ピエトロ大聖堂ではないようだ。

 

ともあれ、行列に並んでいると、ローマ初日にコロッセオで経験したのと同様、優先入場の呼び込みをする委託業者がやってきた。もっとも当時の私は彼らのことを違法なダフ屋の類いだと思っていたので無視したのだが、私の後ろに並んでいたインド人一家は小さな子供がいたせいもあり、再三の交渉の末、優先入場すべく、前の方に連れて行かれた。

 

多少の想像も交えていうと、仕組みはこうだ。博物館と特定の業者の間に委託契約があり、業者は「団体客」、「ガイドツアー」などの名目で、一般客とは別の優先入場券の割当てを持っている。その場合、入場料は一般客より高く、その超過利潤は博物館と業者がシェアする(さらに、ガイドツアーの場合はガイドもシェアする)。入口では博物館の係員が、優先客の場合は(例えば)随時、一般客の場合は15分に1回、一定人数を入場させるなどの入場規制を行っている。このコントロールは実に正確に計算尽くで行われているようだ。実際、私は業者から、この行列の長さだと入場できるのは2時間後だと言われたが、実際入場できたのは確かに2時間後だった!

 

長い行列は観光客にとって苦痛以外の何ものでもないが、地元の人には多少の「おこぼれ」が及ぶ。「団体客」チケットの販売権を委託された業者やガイド以外に、日傘売り、飲料売り、乞食などがやって来る。炎天下、こんなに長い行列につくとは予想もしていなかった私は完全に準備不足で、水のペットボトルを2本買い、1本は飲料に使い、もう1本は頭からかけた。

 

今から考えると、割増料金と言ってもせいぜい倍になるくらいだったら、「団体客」で入っていた方がよかったと思う。(何せ、ことあと私は熱中症になってしまったのだ。)しかし、生来のやせ我慢と、神の代理人たる法王庁のお膝元でこんなことがあって良いのかという(よくわからない)義憤から最後まで行列に並び続けたのだった(笑)。

 

結局、12時半から3時半くらいまでの3時間ほど、ヴァチカン博物館を見学した。素晴らしい展示品の数々に圧倒されたのは事実だが、私にとってヴァチカン最大の思い出と言えば、炎天下での2時間の行列と熱中症だ。以下、ヴァチカン博物館で撮った写真(1回目)を掲載する。

 

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ヴァチカン、2010年夏(2) [イタリア]

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サン・ピエトロ大聖堂の横手にはクーポラに上るエレベーターがあり、それにも乗った。クーポラに描かれた絵画や屋上テラスからの眺めは圧巻だった。観光シーズンの夏でも朝早い時間帯はそんなに混んでいなかった。したがって、つぎに訪れたヴァチカン宮殿で2時間待ちの行列に巻き込まれようとは思ってもいなかった。

 

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ヴァチカン、2010年夏(1) [イタリア]

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ローマ滞在の3日目はヴァチカン見学に充てた。朝の8時過ぎには到着し、サン・ピエトロ広場を経て、サン・ピエトロ大聖堂に入った。朝早かったせいか、思ったほど混んではいなかった。(ただし、ヴァチカン宮殿(博物館)の方は、朝早くから長蛇の列だった。)

 

最大のお目当ては、ミケランジェロ作の「ピエタ」(死んで十字架から降ろされたキリストを抱く聖母マリアの像)だった。昔読んだ沢木耕太郎氏の『深夜特急』には、彼がこの「ピエタ」を見たときエラく感動した、という記述がある。しかし、正直言って、私の感想は、ガラス越しということもあって、「う~~~ん?」というものだった。そのころ、私は老眼がかなり進んでいて眼鏡の度数が合わず、マリアの表情があまり鮮明に見えなかったということもある。しかし、それだけだろうか。もっと若かったら感動しただろうか。他のピエタよりも、このピエタに最も感動しただろうか。自信がない。

 

ただ、さすがカトリックの総本山だけあって、ここでは何から何まで立派だった。

 

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ローマ、2010年夏(5) [イタリア]

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ローマ滞在の2日目、ローマ国立博物館(マッシモ宮)を訪ねたあと、そのすぐ近くにあるサンタ・マリア・デッリ・アンジェリ教会に行った。この教会はミケランジェロのデザインによると言うが、一見廃墟のように見える外観とは対照的に、入口扉や内装はモダンな造りで、印象深かった。また、なぜか「ガリレオの振り子」が取り付けられており、観光客の気を惹いていた。カトリックには清濁併せ呑むようなところがあるが(というのは、あくまで私の勝手な思い込みだが)、これもその一例か(笑)。

 

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この日は、夕方、友人のお嬢さん(当時ローマ在住)とFAO(国際連合食糧農業機関)の前で待ち合わせをしていたので、フォロ・ロマーノ(下の写真1枚目)の方へ戻った。そして、パンテオンやナヴォーナ広場(下の写真)を見学し、近くの路地裏のレストランで食事をした。一日中歩き回って水分が減っていたせいか、大きなジョッキをすぐに飲み干して呆れられた記憶がある(笑)。

 

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ローマ、2010年夏(4) [イタリア]

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ローマ旅行時に撮った写真を見返すと、2日目はフォロ・ロマーノを見学したあと、さらにテルミニ駅近くのローマ国立博物館(マッシモ宮)やサンタ・マリア・デッリ・アンジェリ教会(すぐ下の写真)も訪ねている。徒歩だけでなく、地下鉄も使って移動したと思うが、それにしても暑い夏の日中、よく回ったものだ。

 

本記事では、以下にローマ国立博物館の収蔵品の写真を掲載する。古代ローマのタイル画やフレスコ画、彫刻やレリーフの数々に圧倒された。

 

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ローマ、2010年夏(3) [イタリア]

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フォロ・ロマーノは、ヴィットリアーノとコロッセオに挟まれた広大な敷地にある古代遺跡だ。ローマの街全体がそもそも歴史的遺産のような雰囲気を持っているが、ここは正真正銘の遺構であるだけに、古代ローマへの想像をかき立ててくれる。中をあちこち、とりとめもなく歩き回ったが、飽きることがなかった。

 

ところで、この遺跡の外側にはフォーリ・インペリアーリ通りという広い道路が走っているが、その舗道に出ると乞食の老女がエビのように体を折り曲げて座っていた。観光客たちは見馴れた光景なのか、一瞥することもなく通り過ぎていく。真夏の暑いさなか、照り返しの激しい地表近くは40度を大きく上回っているはずだ。放置しておいて大丈夫だろうか、これほどの体力、忍耐力があるのならもっと生産的な仕事があるのではないだろうか、などさまざまなことを考えながら、私も通り過ぎて行ってしまった。

 

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ローマ、2010年夏(2) [イタリア]

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ローマ滞在の2日目は、有名な観光地を精力的に歩いて回った。まず、テルミニ駅近くのホテルを出て、デプレティス通りに入り、「4つの噴水」を左折、クイリーナーレ宮(大統領官邸)の前を通り、トレヴィの泉に行った。町中、彫刻だらけで、アスファルトの地面に玄人はだしの落書きが描いてあったりする。以前、日本人の彫刻家が短期のつもりで行ったローマに住み着いてしまった理由として、この町には学ぶべき芸術作品が際限なくあるから、と答えていたのをテレビで見たことがあるが、それを思い出していた。

 

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トレヴィの泉からは、細い路地を通りながら、スペイン広場に行った。ここには「舟の噴水」があり、その横手にはスペイン階段、その上に教会がある。映画「ローマの休日」に出てくるシーンだ。ついで、バブティーノ通りを通ってポポロ広場まで行った。「ポポロ」とはイタリア語で人民の意味だが、私など古い人間は、昔、高校の政経の授業に出てきた東大ポポロ事件を連想してしまう(笑)。

 

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ポポロ広場からは、大きな直線道路であるコルソ通りを南下し、通称ヴィットリアーノ(ヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂)まで行った。これはローマのランドマーク的な建物であり、映画にも背景としてよく出てくる。そして、この建物の正面に向かって左手に広がるのが巨大な古代遺跡、フォロ・ロマーノだ。その写真は次回紹介したい。

 

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ローマ、2010年夏(1) [イタリア]

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このブログは、そもそもタイトルバーにもある通り、「2008-10年のヨーロッパ滞在中に見たこと、感じたこと、考えたことを中心に」書くつもりだった。ところが、日本に帰国して月日が経つにつれ、日本の話や写真が中心になってきてしまった。ヨーロッパの記憶が消えてしまわないうちに、ヨーロッパのあちこちの写真や思い出を掲載するよう努めたい。

 

2010年の7月上旬、パリは暑い日が続いていた。いわゆる「猛暑」(la canicule)だ。猛暑と言っても今年の日本の夏ほどではなかったと思う。しかし、パリの古い建物には(私のアパートもそうだったが)、一般にクーラーは付いていない。クーラーの入った(climatisé)建物は近代的なビルや一部のホテル、レストランなどに限られる。まあ、その必要があまりないということもあるのだろう。実際、ストックホルムのホテルにもクーラーは付いていなかった。一方、オランダ人の学友はフランスの後進性を盛んになじっていたので、ヨーロッパもいろいろと言うことかもしれない。

 

ともあれ、帰国まで1と月ちょっとに迫っていたこともあり、パリ祭のシーズンはローマに旅行することにした。イタリアは、ジュネーブ在住中にミラノとベネチアに行ったが、ローマ(そしてフィレンチェ、ナポリ)はまだだったのだ。

 

ローマには2010710日から18日まで滞在した。パリからローマは飛行機で約2時間、パスポートコントロールもなく、ほとんど国内旅行の感覚だ。パリの空港でいかにもイタリア風の初老の伊達男(真っ白な帽子、真っ青なシャツに明るいレンガ色のパンツだ)が、連れの若い女性に愛敬を振りまいていたのが、「ああ、イタリアに行くんだな」と感じさせた。

 

宿は、ローマ、テルミニ駅の近くにとっておいた。午後早く到着してチェックインした後、さっそくお目当ての一つ、コロッセオ(円形闘技場)に向かった。十分に徒歩圏内だ。これまで歴史や地理の教科書の写真などで何度か見たことがあるが、実際に見てみて、なるほど、という感じだった。(つまり驚愕も落胆もしなかった。)

 

入場料は12ユーロだったが、長い行列をついていると、おそろいのTシャツを着た若者が何人か行列中の観光客に話しかけている。そのうちの一人が私のところにも来て、“Do you speak English?”と話しかけてきた。私は、この手の「商法」には警戒心満々だったので“No.”と言ったのだが、相手はなおも食い下がってくる。どうやら、割増料金を払えば、「ガイドツアー」扱いとなり、行列を並ばずにすぐに入場できるということのようだった。私はなおも警戒心を緩めずに無視したのだが、その後のイタリア滞在を通じて、これは非合法のダフ屋ではなく、「合法的な」イタリア商法らしいことを知ったのだった。

 

その話はまたいつかするとして、せっかく入ったコロッセオだ。ゆっくりと写真を撮りながら2周くらいしてから退場した。しかし、夏のヨーロッパは日が長い。辺りはまだまだ明るく、時間がもったいない気がした。たぶんどこかのリストランテでビールをたっぷり飲んだと思うが、よく覚えていない。

 

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ヴェネチア-奇跡の「水の都」 [イタリア]

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坂口安吾は、こう言った。「多くの日本人は、故郷の古い姿が破壊されて、欧米風な建物が出現するたびに、悲しみよりも、むしろ喜びを感じる。新しい交通機関も必要だし、エレベーターも必要だ。伝統の美だの日本本来の姿などというものよりも、より便利な生活が必要なのである。京都の寺や奈良の仏像が全滅しても困らないが、電車が動かなくては困るのだ。我々に大切なのは「生活の必要」だけで、古代文化が全滅しても、生活は亡びず、生活自体が亡びない限り、我々の独自性は健康なのである」(「日本文化私観」)。

 

「多くの日本人」が「より便利な生活」を志向しているという事実認識に関して、私は全く同意する。では、お手本とされた「欧米」人はどうか? それに背を向けているような街がいくつもある。その代表格はイタリアのヴェネチア(Venezia、英語Venice、仏語Venise)だろう。

 

ヴェネチアには、ジュネーヴ滞在中の20098月に行った。きっかけは2つある。一つは、ジュネーヴの国際機関で開講されていたフランス語クラスで一緒だったヴェネチア出身のジュゼッペという青年に勧められたことだ。彼に、イタリアでどこか1箇所行くとしたらどこを勧めるかと尋ねたところ、即座に「そりゃあローマだ」と答えた。では、もう1箇所挙げるとしたらどこかと尋ねると、少し考えて、「ヴェネチアだ」と答えた。私は、結局、2年間のヨーロッパ滞在中にミラノ、ヴェネチア、ローマ、フィレンチェ、ナポリの5箇所を訪れたが、私の順位もジュゼッペと同じだ。

 

もう一つは、ジュネーヴからヴェネチアまで、ミラノ経由で直通列車があることだ。面倒なことが苦手な私には、飛行機より時間がかかっても、直通列車というのは有り難い。ジュネーヴのコルナヴァン駅のホームでベルン行きの列車を待っていたら、ちょうど向かい側のホームにヴェネチア行きの国際特急列車が入ってきて、「この列車はヴェネチア、サンタ・ルチア(Santa Lucia)駅行き」というアナウンスが流れた。へー、ジュネーヴからヴェネチアまで直通列車が出ているんだと感心するとともに、「サンタ・ルチア駅」という名前の響きに旅愁をそそられた。もっとも、後になって、小学校か中学校の音楽の時間に習った「サンタ・ルチア」はナポリ民謡であって、ヴェネチアとは関係ないことに気づいたが・・・。

 

前置きが長くなってしまったが、ヴェネチアの何がすごいかというと、街に自動車は一切入れず、電車もないことだ。そもそも、車が通れるような道路がない。水路と細い路地が路の全てだ。列車は、海の中の鉄路(+道路)を通って、海に浮かぶヴェネチアのサンタ・ルチア駅に到着する。列車も車もここまでだ。

 

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ここから先、市内に行くには、舟か徒歩しかない。私は、荷物もほとんどなかったので、路地をぷらぷら歩きながら、アカデミア美術館の近くにあるホテルまで行くことにした。路地は結構複雑なので途中何度か迷ったが、目印となる建物や、ちょっと歩けばすぐにぶつかる水路によって大まかな方向を確認しながら歩けば、全く逆方向に行ってしまうことはない。

 

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歩きながら考えたのは、人々はどうしてこんな不便な生活を何百年も受け入れてきたのだろうかということだった。もっとも、クルマが普及したのはここ100年くらいのことで、それ以前は馬車より舟の方が、交通・輸送手段としてむしろ便利だったかもしれない。しかし、よく20世紀のモータリゼーションの普及に抵抗したものだと思う。日本だったら、運河を埋めたり、いくつかの建物を壊したりして、広い道路を作ろうという話にならないだろうか。また、ヴェネチアは冬の時期、潮位が上がり、よく建物の1階が浸水したりする。高い堤防を築こうという話にならないのだろうか。

 

でも、そうしないからこそ、ヴェネチアはヴェネチアでいられる。そして、それが世界中の観光客を惹きつけてやまないこの街の魅力だ。

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