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「少年H」(2013年、日本映画) [映画]

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「歴史は繰り返す」という言葉がある。誰が、どんな趣旨で使った言葉か知らないが、ある程度、抽象的なレベルで見れば、確かにその通りだろう。例えば、国も組織も余裕がなくなれば、「全国民(あるいは全社員)一丸となって頑張ろう!」などといったスローガンが盛んに唱えられるようになり、それに従わない個人は排除されたり、懲罰を受けたりする。そうして、積極的な主戦論者が幅をきかせ、多くの消極論者は面従腹背を強いられる。あからさまに逆らうのはごく少数だ。「長いものに巻かれろ」というのは何も日本人だけの特性ではない。あるいは、個人も貧しくなると余裕がなくなり、他人への施しなどとんでもない、と考えるようになる。人間そのものは詳しく見れば実に多様だが、その思考や行動パターンは大まかに言えばそれほど多様ではないということなのだろう。この映画を観ながら、そんなことを考えていた。

 

神戸の妹尾(せのお)家は、洋服の仕立てを業とするお父さん・盛夫、お母さん・敏子、その息子・肇(胸にHというイニシャルの入ったセーターを着ていたことから、「H(エッチ)」というあだ名で呼ばれる)、娘・好子の4人家族だ。お父さんのお客さんには外国人居留区に住む外国人が多く、お父さんは、よく少年Hを伴って客先に出かけた。また、お母さんは熱心なクリスチャンで、一家は毎週、教会に通っていた。時代は昭和16年から21年にかけて、戦前、戦中、戦後を足早にカバーする。以下、いくつか印象深かったシーンを紹介したい。

 

通っていた教会のアメリカ人女性宣教師が急に帰国した。理由をいぶかる少年Hに対し、お父さんはこう答える。「この国で何が起きているのか、外国の人の方がよくわかっているのかもしれませんねー。」

 

少年Hはその宣教師から、ニューヨークのエンパイア・ステート・ビルディングの絵はがきをもらい、日米の経済力の違いを再認識させられた。しかし、この絵はがきがもとで、一家はやがてスパイの嫌疑をかけられる。明らかに事実無根なのだが、お父さんをはじめとして、この一家が冷静な目とフェアな精神を持っていたことは確かであり、それゆえに、急速に軍国主義化していく周囲の人たちとの間でギャップが広がっていく。

 

そのことをよく自覚していたお父さんは、周囲からの無用な疑惑の目を避けるべく、生き残るために、消防署の隊員となり、お母さんは隣組の班長になり、少年Hは学校で「教練射撃部」に入る。急いでつけ加えるなら、彼らがこうした活動を一種の隠れ蓑として行ったからといって、それぞれの職務をいい加減に済ませたということでは決してない。例えば、自宅周辺が激しい空襲にあった際、少年Hは事前に水を汲んでおいて消火活動にあたり、お母さんは隣組から預かっていた国債を火の海の中、持ち出そうとする。少年Hはあとからこう述懐する。自分たちは消火活動をギリギリまで熱心にやったけど、他の人たちはそんなことはせずに、すぐに逃げ出していってしまった、と。しばしば、子供の純粋な目はごまかせない。

 

戦後、田舎の親戚の家に疎開していた好子ちゃんが帰ってくる。一家は、「戦災者住宅」と呼ばれるアパートで暮らしていたが、隣の音も臭いも筒抜けだ。久しぶりのご飯を食べていると、それを羨む声が隣から聞こえてくる。敬虔なクリスチャンであるお母さんは、隣家にご飯を分け与えるのだが、少年Hは、「そんなことをしたらキリがない」と言って強く反対する。このシーンを見ながら思い浮かべていたのは、今後の社会保障制度の行方だ。高齢化に伴って社会保障支出のいっそうの増加が確実視される中で、「自分の面倒は自分で見ろ」といった議論がますます力を得ていくことだろう。

 

「自助努力を支えることにより、公的制度への依存を減らす」ことや、「負担可能な者は応分の負担を行う」ことによって社会保障の財源を積極的に生み出し、将来の社会を支える世代の負担が過大にならないようにすべきである。(「社会保障制度改革国民会議報告書」201386日、p. 3

 

さて、「歴史は繰り返す」かどうか。


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