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20世紀以降の日仏の出生数の推移 [経済]

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ドラ・トーザン『ママより女』を読んだとき、フランスの出生統計がどうなっているか気になり、INSEEInstitut national de la statistique et des études économiques、国立統計経済研究所)のホームページを見ていたところ、冒頭のグラフに行き当たった。1901年以降のフランス(海外領を除く)の出生数の推移である。

 

これと比較可能な日本のデータは、厚生労働省「人口動態統計」で得られるので、ホームページから数字を拾って、グラフに描いてみた(↓)。

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まず、出生に関する統計用語について簡単に説明しておく。上の2枚のグラフに描いたのは、年間の出生数である。これを人口数で割ったものが出生率になる(英語でgross fertility rate、フランス語でtaux de natalité)。国際人口移動を無視すると、ある国の人口増減率は、その出生率と死亡率の差となる。その意味で出生率は重要な統計量なのだが、一般には、合計特殊出生率と呼ばれる指標(英語ではtotal fertility rate、フランス語ではindicateur conjoncturel de fécondité)の方がよく使われる。

 

合計特殊出生率というのは、出産可能な年齢層の女性に対し、それぞれの年齢の出生率を当てはめて、足し上げたもので、年齢構成の影響を排除できるのがメリットだ。つまり、出生数は、女性の出産行動に変化がなくても、出産可能年齢層の女性が増えれば増えるし、減れば減るというように、人口構成変化の影響を受けるので、出産行動の指標としては望ましくないというわけだ。この指摘自体は正しいが、人口変動への影響をトータルとして見る場合には、女性の出産行動(合計特殊出生率)と出産可能な女性数の両方を見なければならない。その両者を年齢ごとに掛けて足し合わせた結果が、上の二枚のグラフに描いた出生数だ。

 

グラフを見てまず気づくのは、出生数の動向には特殊要因による一時的変動もあるが、しばしば30年を超える大きなトレンドがあることだ。

 

フランスで目立つのは、第1次世界大戦と第2次世界大戦による出生数の大きな落ち込みだが、第2次世界大戦前は趨勢的に減少トレンドだったことがわかる。20世紀前半のヨーロッパの不安な世相の反映だろうか(2012229日付、ピカソ「鳩を抱いた子供」を参照)。

 

2次大戦後は一気に跳ね上がり、経済面で「栄光の30年」(les trente glorieuses1945-73年)と呼ばれた時期は毎年80万人を超える高水準で推移する。1970年代後半以降は一進一退で推移しているが、1994年をボトムに上昇傾向に転じ、2005年以降はずっと80万人を超えている。東西冷戦の終焉、ユーロの誕生など、ヨーロッパに明るい陽が差し込んだ時期である。

 

一方、日本はどうか。戦前はほぼ一貫して増加トレンドだった。富国強兵、産めよ増やせよの時代だ。1944-46年のデータは欠落しているが、1947-49年のベビーブームをピークにして(その3年間は毎年270万人近い出生数だった)、1950年代には減少する。しかし、見過ごしがちな点だが、1960年代、70年代の前半、すなわち高度経済成長期には、(1966年の丙午による落ち込みを除いて)出生数は増加傾向にあった。この時期、合計特殊出生率はほぼ横ばいだったので、出生数の増加は1930-40年代生まれの出産適齢期の女性が増加したことが大きい。

 

その後、出生数は1973年をピークにほぼ一貫して減少傾向にあり、20世紀以降で最低を更新している。合計特殊出生率は、2005年の1.26をボトムにやや持ち直し傾向にあり、2011年は1.39だったが、出生数の減少傾向に歯止めをかけるには至っていない。

 

以上、日仏両国のグラフを眺めただけの大ざっぱな感想だが、出生数の動向には長期的なトレンドがある。そして、そうしたトレンドには、その時代の雰囲気、とりわけ将来にどれだけ希望を持てるかが影響しているように感じられてならない。

 


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